○ 時枝誠記の推薦文

本來、國民の文化運動として解決されなければならない國語問題を、官廳の一片の通告で左右しようとしたのが戰後の國語政策である。それを實施することによつてどのやうな混亂をもたらすかの理論的實驗を行ふこともなく強行されたことは、かへすがへすも殘念なことであつた。殘念といふよりは、かりそめの人體實驗をやる以上の暴擧であつた。sc恆存氏は、英文學者として、飜譯家としてまた評論家として、國語に對して血のにじむやうな愛護と苦勞を重ねて來た人であつて、戰後今日に至るまで一貫した立場を持してゐる。私のやうなただ學究として國語のあるべき姿を考へてゐる者にとつて、その所説には傾聽に値する多くの示唆を含んでゐる。


〈新潮社版單行本の帶に記された全文。當時、時枝誠記(ときえだ・もとき)は東京大學國文學科教授。本會の常任理事を務めた〉

○ 新潮社版單行本「後記」の一節
  「正直の話、本を一冊書きあげたところで、一度崩れたものが容易に正しきに戻りうるとは考へてをりません。しかし、五十年、あるいは百年たてば、考へなほすときがくるだらうと思ひます。そのきつかけになればといふ程度の氣持で書きはじめたものですが、第一囘を發表した直後に送りがな問題が起り、その後國語教育に從事してゐる數人の教師から呼びかけられ、それがもとで國語間題協議會が誕生しました。悲觀論者の私にとつては大きな喜びです。今後、この會が暴走する官製國語改革案にたいして常に査察役を果してくれることを望みます。なほ、本書の讀者が一人でも多くこの會に入會し、國語問題に關する知識や情報を得ることによつて、國語國字の破壞運動を防ぎとめてくださるやうにお願ひします。
  自分も理事の一員であるその國語問題協議會が本書推薦を決議してくれたことは、どうも割切れぬ氣持ですが、喜んでお受けし、ここに御禮を申述べます。また中學校時代の恩師である時枝誠記博士の御推薦文をいただけたことは何より嬉しく、先生を始め、本文中お名前に言及し、御著書を引用させていただいた方々にも、一々ここに記しませんが、心から御禮を申述べます。さらに新潮社の副社長佐藤亮一氏が、まづは賣れさうもないこの書物を、あるいはそのためかもしれませんが、國語開題協議會、その他の關係方面に、寄贈用として三百册の寄附を申出でてくださつたことを記し、その御好意に深く感謝いたします。」



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